アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

2025-01-01から1ヶ月間の記事一覧

夢にだに見ることのできぬあなた自身

◎一刹那の戯れ(老子狂言) 『一刹那の戯れ 一刹那を戯れなさい。 次の刹那なぞありはしないのだから! これは、 刹那主義ではない。 刹那主義という、 永遠の欲求不満のトリックではない。 一刹那の戯れとは、 夢にだに見ることのできぬ、 あなた自身のこと…

すべてのすべてを見破ったら

◎忘れ果てるがいい(老子狂言) 『忘れ果てるがいい 何を語れば、いいというのだ。 語るべきものなぞ 何一つとてない。 石ころは、一体何を語っているのだろうか。 形あるものは必ず死ぬというのに。 すべてのすべてを見破ったら、 おろかに、 なにもかも忘…

大悟には、悟りも迷いもありはしない

◎大悟(老子狂言) 『大悟 見性とは、 なにもかもいいんだ!という、 理解ではない。 見性は、 なにもかもよい!というそのことだ。 大悟には、 いい! いやだもない。 なにしろ、 大悟には、悟りも迷いもありはしない。 だが今のところ、 心の底から本当に…

周天とクンダリーニ・ヨーガの違い-1

◎太乙金華宗旨 クンダリーニ・ヨーガでは、クンダリーニのエネルギーコードを上昇させ、周天では身体の前後に気を周回させる。ほとんどの人は、クンダリーニのエネルギーコードと気は別物と考えているのだろうと思うが、OSHOバグワンは、気とクンダリー…

なにもかもないそれが老子

◎老子狂言の老子 『老子 老子について何も知らない。 ただ 気楽な人だったなあと、 私は思う。 そうなってゆく、そのままの人。 そうなってゆく石ころ。 そうなっていく雨だれ。 ただ 素直にやわらかく、 豊かだったなあと、 私は思う。 イエスのように純真…

言わずして大道に帰する

◎老子第34章 大道汎兮 (2006-03-02) 老子の中には、人間という視点が全くないものが時々ある。この一篇もそうである。使われている言葉は、自分が作ったとは言わない、そして主人顔をしないなどというものだが、書かれていることは、個人という人間や人…

玄徳-道そのものの徳

◎老子第10章 載営魄 (2010-11-13) 『私たちはよく、その身体の上にその精神的欲望を司る魂と感覚的欲望を司る魄との二つともを、たちまち守りながら、しかも道の発動現成にあたって、道から離れずに生きてゆけるか。 この自分の中にある生々の原動力、無…

之に及ぶもの希(まれ)なり

◎老子第43章 天下之至柔 (2008-09-08) 『この世で最も柔弱なものが却って最も剛強なものを自由にする。 形のないものは、隙間のないところへも入れる。 だから私は、無の作用の大きな意義を知るのだ。この天地の言わずしてあらわれる教と無のはたらきの…

中国という現実感覚

◎大観園の解剖=戦前の中国のアヘン窟 (2015-10-22) 日本では上水道が行き渡り、山中などよほどの不便なところでない限りは、手汲みの井戸にお目にかかることはなくなった。 私の少ない経験で言えば、水の悪い中国での生活に対して、昭和10年代の生まれく…

OSHOバグワンのソーマ・ヨーガの見方-2

◎問題はソーマではなく、本人の準備ができているかどうか。 悟り薬、それは一回服用すればニルヴァーナに到達できる薬であって、まるで一かけらを鉛に投入したけで全体が黄金に変成する賢者の石のような薬。それが実際にあれば、ニルヴァーナに入りっぱなし…

体験ではない体験

◎体験ではない体験それ自身を再体験 (2021-10-20) このブログでは、人間から見た究極の体験を「体験とはいえない体験」と呼んで多用している。 そのoriginが、ダンテス・ダイジの未公刊の詩集「老子狂言」のメシアン・ハンドブックという詩にある。 『メシア…

OSHOバグワンのソーマ・ヨーガの見方-1

◎ソーマ依存になって廃人になる危険が大 OSHOバグワンのアシュラムでもソーマ摂取が盛んだったようだが、OSHOバグワンはこれに対して否定的な意見だった。要するにソーマ・ヨーガによって悟りに至る可能性は否定はできないが、実際のところソーマ依存になっ…

自意識の頂点では英雄の夢は破れる

◎戦争の代わりにオルガズムを (2021-07-20) ダンテス・ダイジの老子狂言から、若い頃から気に入っている詩。 『大志をもて! かつて男にも 大志があった。 地位・名声・権力——— それらは、一種のオルガズムであり得た。 あるいは、知的探求・芸術的創作———…

ダンテス・ダイジのホワイト・フォックス

◎だが、おまえもおれなのだ。 (2015-09-19) 今日も外国人観光客の人気ナンバーワンの観光スポットは、ホワイト・フォックスの伏見稲荷でござる。 そこで、ダンテス・ダイジのホワイト・フォックスの詩。 愛も愛情も不安な灰色と化したこの現代に、まだ大金…

ダンテス・ダイジのアートマン

◎有相三昧=ウィリアム・ブレイク (2014-12-25) ダンテス・ダイジのアートマンとは「この一なるもの」であり、 「一切万象、多様次元自身が目覚めている」ことであり、 彼はそれを未公刊の詩集『老子狂言』のウィリアム・ブレイクという詩で表現している。…

心の底から満足できない

◎決定的根拠 (2007-07-22) エスニックなグルメ、ジャパネスクなグルメ、アヴァンギャルドでキュートなファッション、魅惑的な異性との出会いとメイク・ラブ、異国の旅先で感じるほのかなエキゾチズムなど人の心を惹きつけるものは、この情報あふれる時代で…

長く読めなかった老子狂言-2

◎何も知らないうちが花なのだ (2022-01-18) ダンテス・ダイジの未公刊の詩集『老子狂言』の中に、長く読めなかった詩が二篇ある。その二。 『すべてを知り尽くす この世とあの世――― 存在と絶対無――― 生と死の秘密を、 すべて知り尽くすことほど、 大きなわ…

長く読めなかった老子狂言-1

◎悟りとは至福のことではなかったのか? (2022-01-17) ダンテス・ダイジの未公刊の詩集『老子狂言』の中に、長く読めなかった詩が二篇ある。その一。 『果てしない旅 幸福は、外的な状態に依存してあるのではない。 あらゆる方法や修錬によって、 至福を知…

ダンテス・ダイジの老子狂言の歩き方

◎悟りを持ちながら生きる人間の生きる実感の数々 何度目かの老子狂言を通読した。最初に老子狂言を手にしたのは40年ほど前で、8割方は意味が分からず読み飛ばしていたというのが正直なところだった。 人間がどう覚醒していくのかということは未だに謎が多い…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-34(最終節)

◎カイヴァリヤ:何かを言う可能性はここで終わる。これを超えるのは経験だけ ヨーガ・スートラ4-34の本文(ゴシック体)とOSHOバグワンの解説。 (OSHOバグワンのYoga: The Alpha and the Omega, Vol 10 P143-) ポイントは、以下。 1.カイヴァリヤ…

老子狂言の目次&リンクス

◎老子狂言の目次&リンクス 献辞 巻頭言 格言1 悟りが夢であるように オカルチック・ソネット I AM NOT POET 流浪者の故郷 ミステリーかな純文学かなSFかな 胃がんで死んだブッダ Dream Truth 人のからくり 格言2 老子 ウィリアム・ブレイク 果てしない旅…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-33

◎すべては無から出てきて、遊び回り、再び無に消える ヨーガ・スートラ4-33の本文(ゴシック体)とOSHOバグワンの解説。 (OSHOバグワンのYoga: The Alpha and the Omega, Vol 10 P141-) ポイントは、以下。 1.すべては無から出てきて、遊び回り、…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-32-2

◎ヨーガは、私たちが切り離されてしまった無限の生命に到達するための努力である ヨーガ・スートラ4-32の本文(ゴシック体)とOSHOバグワンの解説。 (OSHOバグワンのYoga: The Alpha and the Omega, Vol 10 P140-) ポイントは、以下。 1.誰かが悟…

三種のグナの終わり

◎無力と悲惨の終わり (2017-10-20) パタンジャリのヨーガ・スートラの最後から3番目の4.32から。 『三種のグナは、その目的を達成し、その変化のプロセスは終わる。』 三種のグナは、サットヴァ(照明)、ラジャス(不安)、タマス(暗痴)で、この世の三…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-32-1

◎私たちは神を知るため、神の海から投げ出される必要があった ヨーガ・スートラ4-32の本文(ゴシック体)とOSHOバグワンの解説。 (OSHOバグワンのYoga: The Alpha and the Omega, Vol 10 P139-) ポイントは、以下。 1.悟りを開いた人にとっては、…

ディヤン・スートラの七つの段階-10

◎感情からの自由とサマーディ(2021-11-23) 思考の観察から一歩進んで感情の観察もできる。最後には純粋な観察者を目指す。この「見ていること」を意識と呼び、英知と呼ぶ。 OSHOバグワンは、ここで予想どおりあるいはいつものパターンで、感情の観察について…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-30、4-31

◎心を通じて得られる知識は、悟りを通じて得られる知識に比べて非常に少ない 心を通じて得られる知識とは、未悟の人がいわばスポットライトを当てた部分の知識のことであって、悟って宇宙全体が自分と合一すれば、宇宙全体がスポットライトを当てたように知…

ディヤン・スートラの七つの段階-9

◎思考からの自由(2021-11-22) 思考からの自由は、自分の思考の正しい観察を通して起こる。思考の流れを傍観する。思考が流れて行くのを見守る。やがて思考と自分は別であることに気づく。自分は思考でなく観照者であることに気づく。 トータルな気づきを以…

OSHOバグワンのヨーガ・スートラ解説4-29

◎ダルマ・メーガ・サマーディ(Dharma megha samadhi) パタンジャリのヨーガ・スートラは、この世の実体のないこと(空、空性)の実証である隙間理論に及んでいるので、その直前の節から読んでみた。 この節は、ヨーガ・スートラ4-29であって『永続的な識別知…

ディヤン・スートラの七つの段階-8

◎自分の身体は“空” (2021-11-21) ディヤン・スートラの七つの段階の前半三段階の浄化で土台が整い、後半は神性と合体する。後半三段階を“空”とし、“空”にも三段あり身体、思考(マインド)、感情の段階があるとする。『自分は身体だ』と感じることが消える…